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俺ら東京さ行ぐだ、の前夜の心境を綴る。

 2010-03-28

(このRemixも有名ですが、最近tumblrで「おら東京さ行くだ」を標準語にすると悲しいってネタが流れてて笑ったのでソースを。)


7時間後、8時半の新幹線で上京します。
23年間住んだ(途中、留学と下宿があったけど)愛するこの町、そしてこの家ともお別れです。
本来なら下宿を始めた2年前に、こういうお別れは済んでいるはずなのでしんみりとしたお別れ日記はそちらをご参照下さい。
(こういう日記を久々に見ると、ブログやってて良かったなーと思いますね。)

…。
関西を離れるにあたって、心配な事は。
家に一人っきりになってしう母親。
同じく近くに住んでいる祖父母

皆で実家でご飯を後何回食べれるのかなーとか思うと、なかなか…ねえ。

こればっかりは仕方がないけど。
時間がなくなる分、これからは質の高い親孝行とじじばば孝行をしていきたいと思う。


「何よりもまず健康第一や…どんなに頑張っても早く死んだら負けやで。」
90年以上生きてきた、尊敬するじいちゃんの言葉。
じいちゃんもばあちゃんも、そしてお母さんも、残される側の辛さを知ってる人だから。
最低限それだけは守ってあげたい。
とりあえず先には死なない。
それが一番大事やね、当たり前の事を再認識。

おお、頑張るけど死なない。
いや、とりあえず死ぬほど頑張ってみるよー死なないから。



depar

まずは初任給で何をプレゼントするのか、新幹線で楽しみながら考えようと思います。
(途中から@befmapが乗車してきますがw)

しゃー行ってきますーー待ってろ東京ーーー


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学生時代に読んだ本で、全ての方に自信を持ってオススメできる5冊。

 2010-03-27
我ながら図書館を活用しながら、そこそこ本を読んできました。
最近、会った人にオススメの1冊を聞いて回っているのですが、せっかくなので自分も。
以前にキャリア関連の書籍はオススメしているので、そちらもどうぞ。

皆さんもオススメの1冊もお待ちしています。



夜と霧 新版夜と霧 新版
(2002/11/06)
ヴィクトール・E・フランクル

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【レビュー】http://kkkosuke.blog122.fc2.com/blog-entry-52.html
全人類必読の1冊。
人間の愚かさと脆さ、そして強さ。
そのバランスがあるから人類は歴史を全否定して自暴自棄にもなれないし、過度な自己陶酔もできない。
そんな絶妙なバランスの上に人間が生きていて、その不完全さがあるからこそ、その営みは愛おしいのかなと思います。


ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代
(2006/05/08)
ダニエル・ピンク

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【レビュー】http://kkkosuke.blog122.fc2.com/blog-entry-48.html
全学生必読の1冊。
自分が生きるであろう今後数十年にわたって、どういうものが必要なのか。
これを読んで危機感を持った事で、自分の学生としての世界は大きく広がった。
中国人にもインド人にも、コンピューターにも負けない自分を目指して。
仕事に慣れたら読み返す。


Free CultureFree Culture
(2004/07/23)
ローレンス・レッシグ山形 浩生

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全法学部生必読の1冊。
法律専攻な自分が唯一入れ込んで文献を漁ったのが著者のローレンスレッシグ。
基本的には、知的財産権をどのような形でオープンにするか、そしてそれをいかに発展に寄与させるかを専門にしている。(ざっくり)
無闇に守るだけでなく、活用する事で発展に寄与するっていう攻めの姿勢が、基本専守な法学の中ではキラキラ輝いて見えたものです。
彼の主張を理解する為に、知的財産管理技能士の資格勉強したり。
1年生の頃、彼の授業に潜り込む為だけに、サークルのスタンフォード大学派遣制度を使おうかと思ったほど。
いけば良かったね、人生が変わってたかも。
今はやりのオープンソースやらFREE戦略やら、その源流はレッシグの著書による主張にその源流を求められるかと思います。
この本は比較的平易で読みやすいので、多くの方にオススメしたいと思います。


ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略 (ウォートン経営戦略シリーズ)ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略 (ウォートン経営戦略シリーズ)
(2005/09/01)
C.K.プラハラード

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全「意識の高い学生」必見。
レビュー書いてないんですね。
なんでだろう。
とりあえず昨今の「途上国はビジネスで持続的に救おう!」っていう風潮の走り的な存在(らしい)。
個人的にはそういう清らかな心は持ち合わせてないので、この本のメッセージに素直に「BOP層にビジネスチャンスが」と思ってるだけです。はい。
「人生をかけて途上国を救う!」っていう崇高な理念を持つ友人達へのある種、後ろめたさを払拭してくれた1冊。
これを読んで、バングラディッシュのグラミンにインターン行けたのは、将来的に大きな前進。
彼らはまず市場、そしてパートナー。
まず本で読み考え、そして現場で感じたものは、自分の財産です。


Slam dunk―完全版 (#1) (ジャンプ・コミックスデラックス)Slam dunk―完全版 (#1) (ジャンプ・コミックスデラックス)
(2001/03)
井上 雄彦

商品詳細を見る


全俺が泣いた至極の1冊。
もはや聖書です。
日本の教育課程にいれるべきです。
大事な事は全てスラムダンクから学びました。
未読の人は新年度までにマンガ喫茶で必ず読みましょう。
人生が変わります。
人生はどっからでも変えられるんです。



以上になります。
さあ、社会人になってからの日々の中で、これ以上の本に出会える事を願って。

卒業

 2010-03-22
sunsotu
(もはや恒例となったSunshine!!のポーズ@卒業式)


卒業しました。
まずは、自分の足で立つ事もできず話す事もできなかった赤ん坊の頃から、こんな巨大なおっさんになるまで色んな面で支えてくれた両親、そして周りの方々に本当に感謝の日です。
本当にありがとう、こっから先は自分で歩き、少しづつでも恩返ししていくんで見てて下さい。



早起きして、母親と飯。
お兄ちゃんの仏壇にお礼を。
大学で某かーねると某調さんと合流。
卒業式で久々の讃美歌やカレッジソング、そして学長と総長のありがたい話。
サークルの同期と後輩に迎えてもらう。
ゼミと合流し、先生から卒業証書を頂く。
先生から、NO.1を目指せ!というありがたいお言葉。
再度サークルに合流し、花束もらったり胴上げしてもらったり。
部室で飲み会まで時間つぶし(ウイイレ)。
ゼミ飲み会。
Takathymaonis某ふじたく、更には京都を訪れた内定先同期と合流。
なんやかんやあって、同期を連れて深夜の部室で語り。
途中でサークルの同期も合流し、謎の3人で仮眠。
内定先同期と朝飯を食ったのち見送る。
また部室に帰り、サークルの同期たちの卒業式まで時間潰し(パワプロ)。
黄砂降り注ぐなか、同期を迎える。
写真撮ったり、キャンパスで弁当食べたり。
部室に帰り、散髪の時間まで時間つぶし(パワプロ)。
5年通った美容室で、とりあえずラストの散髪。
家で母親と寿司を食らう。


…。
そんな長い長い2日間に渡る卒業式でした。
去年、先輩達やもともとの同級生を見送ってからちょうど1年、ほんまにあっという間でした。
嬉しい気持ちがある反面、多くの友人が関西に残るので、正直ちょっとだけ寂しくもあります。

でもまあ、多くの出会いがある以上、なんらかの別れはSETとか言うけど。
とりあえず生きてる限り。
火星にぶっ飛びカード使われたりしない限り。
地球上にお互い存在し、お互い本当に求め合えば、1日あればどっかであえるんですからね。
距離なんか、何の言い訳にもなりません。
だから皆がそれぞれの地に散って、多くの経験をする始めの日である卒業式は、むしろ祝祭なんですよねー

悔しいけど、もはやイギリス人になってしまってあろうサークル同期のTJの言葉で大好きな言葉があります。

「お互いがお互いの未来に興味を失くしたら、その時がほんまの別れや」
そう考えると、まだまだ皆の未来に俺は興味があるし、皆にも俺の未来を期待して楽しみにして欲しいと思う。
そういう気持ちがある限り、多少合う頻度が減ったとしても、たまに会えばすごく前向きに語り合える最高の関係性って維持できると思うんです。
学生時代、社会人って2つにぶっちぎって考えるよりも、2010年4月1日っていう日を挟んだだけで、そこに存在するのはそれぞれの連続性を有するたった1つの人生なわけです。
今までも、これからも、自分と関わってきた人とおもろーな人生を作って皆で楽しめたら良いなと思います。




まずは今までありがとうーー
そしてこれからもよろしゅうお願いします!


リーダーシップの旅 見えないものを見る

 2010-03-19
リーダーシップの旅  見えないものを見る (光文社新書)リーダーシップの旅 見えないものを見る (光文社新書)
(2007/02/16)
野田 智義金井 壽宏

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社長になろうと思って社長になった人はいても、リーダーになろうと思ってリーダーになった人はいない。リーダーは自らの行動の中で、結果としてリーダーになる。

この本の一番のポイントですね、これに尽きます。
この言葉に何か感じたり、刺さったりする人は、読んでみて損はないです。
読みやすいのに勉強になります。
就職活動中に「私の強みはリーダーシップです!」みたいなニュアンスの事を話そうとしてらっしゃる方、お願いだから面接前にこの本を読んでみましょう。


自分は小さい頃から、いわゆるリーダー的な役回りにつく事が多かった。
体と声がでかかったからかなーと、そうしてるうちに自分としてもリーダーとして振る舞う事に対して心地よさと慣れを感じたが故に、今でも色々とでしゃばリーダーな自分がここにいるわけです。
ざっくりと自分にはリーダーシップがあるとか思ってましたが、この本を読んで、その弱い自信は崩壊しました。
どちらかというと、組織の中でポジションを得て、権力行使と細かい人間関係を調整しながら、組織を無難に運営していくだけのマネージメントをしてただけだったと。
ふうむ、残念ですねー本当に。

リーダーたるもの、人には見えないものを見る、そしてそれを他の人にも見せる、そんな資質が必要なそうです。
そういうビジョナリーなリーダーシップは自分の成長機会だなーと、この本を読んで気付きました。
マネージメントとリーダーシップ、本書では分けて論じていますが、自分が両方兼ね備えられるだけの資質と経験がある思うし、せっかくなのでそれを目指して行こうと思う。


必要なのはざっくりと人間力。
そしてその人間力とかいう曖昧なものにも、指針を示してくれています。

人間が作り出すエネルギーには、それなりの大きさとインパクトがある。
そして、人間は何かをつくりだす過程や結果から他の人に対して感動を生みだす。
感動を糧にしながら「真・善・美」を求めて、人間は更に自らを成長させようとする。
例えそれらの概念が、知的生命体である人間が脳の神経中枢に作り上げた共同幻想に過ぎないとしても。

ちっぽけな、矛盾に満ちた存在である人間の本性を理解しながらも、ニヒリズムに陥らずに人間の営みに敬意を払うこと。
自分自身や周囲の人の「生」に対する愛おしさを感じること。
それが出来た時、私たちは例えばダライ・ラマが説く「慈愛と思いやり」を持ち、人間力を磨く事ができるのではないだろうか。
(P230)


大切にしたい言葉です。
自分はその共同幻想を扱いながら来年から生きていく訳で、その過程で自分の人間力も磨かれていくなと。
まずは色んなものに愛を持って接すること、それが匠の心にも繋がっていくわけですしねー

この時期にこの本を読んで、考える時間を青春18きっぷの旅で持てて良かった。



コクーンな朝会

 2010-03-19
coc

東京に行ってました。
往復青春18きっぷで。
いつまでたっても終わらない静岡がちょっぴり嫌いになりました。

今回の目的としては、Qさんと飯、おもろー朝会、同期ランチ、配属面談、祖父母と会食、某社関係者(not内定先)との連続面談。
最近、何をどこまで書いてい良いのか混乱する症状に苛まれていますが、他人に迷惑をかけない限りでボチボチとアウトプットは続けていこうと思うわけです。
さてさて、東京では色々あったんですが、配属面談の事なんて書けるはずがないので、朝会の事でも。


今回は同期、同期の友人、俺、俺のHな友人というなかなかカオスなメンバーで朝からカフェで話をしてきました。

同期→デザイン
同期の友人→イノベーション
Hな友人→広告、ファッションetc...


それぞれがそれぞれに自分の専門分野というか、自信を持って私見を語れる分野を持っているなかで、自分は…。
「専門は何ですか?」という問いに対して、「大学では法律を勉強してましたーでも興味あるのはマーケティングなんですよねーうへへ」的な眠い答えしかできない自分最悪。
前々から自覚はしていましたが、自分は相当広く浅いタイプなんだと思います。
だいたいどんなジャンルでもある程度話にはついていけるし、議論もできると思う。
言い方はともかく知ったかぶりの技術が異様に高い。
興味が拡散していて、色んな人と会い、色んな話をして、色んな本を読み、色んな所で断片だけインプットした情報を小出しにして会話を成立しているだけなんだなーと知ってたけど再確認。

興味が広いのは良いこと。
その興味に素直に行動に移せるのも良いこと。

だけどそれらは、何か自分の軸となるドメインありきなんだと思う。
自分が何を思考の中心に据えているのかが不明確なら、極論するとwikipedia先生にいつまでたっても勝てないんですよ。
俺よりwikipediaさんとお話する方が楽しいという、人間として悲しい事態になりかねません。

ニュアンスは違うけど、配属面談でも同じような点を指摘されたんだと思います。

自分は何のになるのか。
自分で決めないとつまんないロボットになっちゃうよと。

「生命保険のカラクリ」がFREE(無料)なカラクリ

 2010-03-18
生命保険のカラクリ (文春新書)生命保険のカラクリ (文春新書)
(2009/10/17)
岩瀬 大輔

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この本が無料で全文公開されてるのをご存知でしょうか?
著作権侵害された海賊版ではなく、著者と出版社が合意のうえでpdfファイルで公開されています。
岩瀬大輔・著『生命保険のカラクリ』PDF全文ダウンロード(2010年4月15日まで)
今回は著書の内容というより、この新書の無料WEB公開という試みについて書きたいと思います。

個人的にはこの試みが単なるFREE戦略に留まらず、大きな意味で著者に大きな利益がある試みだと理解しています。


そもそも今回の試みがクリスアンダーソンのFREEに大きく影響されているのは、想像に難くありません。

フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略
(2009/11/21)
クリス・アンダーソン

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FREEの内容については、こちらのインタビューが分かりやすい。
っていうか本自体が必読です。
ざっくりというと、無料にすれば利用者が増え、結果的に利益を生むという新しいモデルを提言してるわけです。
iPhoneのappStoreとかは、期間限定でアプリを無料公開しているケースが多く、分かりやすい例かと思います。
まあいわゆる流行りってやつですが、日本において本という媒体でここまで思い切った例は初めてでしょう。


自分も実際にpdfをダウンロードして、iPhoneのDropBoxと同期させて、移動中などで根気よく読んでみました。
途中まで読み進めると面白いがゆえに、本でもっと楽に読みたくなります。
でもそれをしてしまうと、がっつりと戦略にはまってしまうので耐えました。
印刷しようかとも思いましたが、200ページ以上あって新書は800円なので、1枚4円以下で印刷できれば得になるのですが方法が思いつかず断念。
結局、最後までiPhoneで読みました。

正直目がしんどいし、ただでさえ電池持ちが悪いiPhoenでディスプレイを明るくしながら読み続けるのは、外ではなかなか至難の業。
家でiPhone読書も何か違うし、実際読み終わるまでに1週間以上の隙間時間を投資しました。
あきらかに効率悪いし、今後同じような試みがあれば、立ち読みみたいな感覚でパラパラとみて、面白そうならAmazonで注文してしまうだろうなーと思います。
考えてみれば、本は書店で立ち読みできて、その気になれば書店で読み切ってしまうこともできなくはないので、それと根本的には変わらないような気がします。
書店で無料で読めるからとって、皆がその場で読んでしまい買わないかと言われると別の話。
現時点では、それと同じレベルの議論のような気がします。

(しかし今後、iPadやKindleといった電子ブックリーダーが普及してくれば事情は変わってくるとは思います。)
うん、無料公開が利益を生むってことが、なんとなく肌感で理解できました。


でも今回の「生命保険のカラクリ」に関してはFREEの範疇ではないような戦略も含まれているような気がします。
アンダーソンのFREEは、書籍発売前に無料公開をしていました。
その狙いは話題性であり、無料での立ち読みから有料への流れを意識したものだったように思います。

「生命保険のカラクリ」無料公開の狙いを素直に見れば、単純な賞味期限延長策。
この本は発売から半年ほど経過していますし、一般的に賞味期限(というか書店で平積みされる期限)が短い新書にとっては、無料公開によって多くの人に目に触れる期間を長く確保する事が重要な訳です。
そして、もちろん一刻も早く無料公開して、先駆者的な事例にしたかったのもあるでしょう。

ですがそれ以外にもこの3月~4月という時期に作為を感じてしまいます
僕も含めてですが、年度が切り替わるこの時期、多くの人が新生活に向けて保険を見直したりするのではないでしょうか?
その時期に、既存の生命保険のコスト構造を批判し、自らのライフネット生命の優位性を説く内容のこの本が無料で読めることの意味。

つまりライフネット生命の壮大なPRとしても機能しているように思うんです。
この本を保険更新や切り替えのタイミングで読んでしまえば、かなり深くエンゲージされてしまいます。
無料公開というていで、ライフネット生命の広告をがっつりと数時間読まされているとも取れるわけです。
効果的な広告としてとらえるなら無料で当然、自分のの印税を多少毀損しても本業の会社が大きくPRされれば。
そんな思惑が少しはあるのかなーと。

そう考えると凄く良く出来たキャンペーンだなと。
そして素直な自分は4月からライフネット生命にお世話になることにしました。
どうぞよろしくお願いします。

こころを動かす講演会

 2010-03-18
こころを動かすマーケティング―コカ・コーラのブランド価値はこうしてつくられるこころを動かすマーケティング―コカ・コーラのブランド価値はこうしてつくられる
(2009/08/07)
魚谷 雅彦

商品詳細を見る


同志社出身で、日本コカコーラ会長の魚谷雅彦さんの講演会に、先週参加してきました。
タイトルはずばり本と同じ「心を動かすマーケティング」

著書(過去のレビュー)と同じく、マーケティングの細かい理論だったり、実際の戦略を話すというよりは、マーケティングを仕事にするにあたっての心構えや情熱を説くといったタイプの講演でした。
このブログを読んでくださってる方のニーズは細かい講演の中身にあると思うんですが、本に書いてある内容は省略したうえで何となく感じた事をひとつシェアします。
(同じ講演に参加したきもとしの記事もご一緒にどうぞ)


「全ては主観による知覚である」
この言葉が最も響きました。
マーケティングっていうと、なんとなく分析ばっかしてるイメージだったり、小難しい専門用語並べて企画書書いてるイメージってあると思うんですよね。
そこでは常に他の人に分かるように、主観に偏らず客観的にいる事が重要なのかなーと思っていた。

だけど良く考えれば、人間の思考が結局は自己で完結する性質を持っている以上、どんだけ本人が客観的に判断を下しているようでも、それは当人の中での主観的な判断に過ぎない。
だからこそ、統計情報とかインタビュー結果とにらめっこするだけじゃなくて、相手のこころを知ろうとする事が、マーケティングにおいては大切なんだなーと。
生活者の主観を、客観的に推定し、主観的に理解する。
最後まで客観的に理解しようとし過ぎて、無機質な生活者像で理解してしまうよりも、客観情報をもとにどれだけ生活者の主観を自分の主観で理解できるのか。
最後が自分の主観だからこそ、他の誰でもなく自分が仕事をする意味があるんです。
きっと。

当たり前のことかもしれませんが、以前より腑に落ちました。



講演会では休憩時間にお話しを聞いたり、サインをもらったり。
全体質疑でも、わざわざ自分の内定先の名前をあげて、外資系企業の中での自分の立ち振る舞いについてアドバイスを頂いたり。
いやー講演会に参加した誰よりも得るものが大きかったように思います。
いや、これマジで。

このつながりを活かせるように、ただいま暗躍中です、はい。

自分のペルソナを育てる為にソーシャルメディアを使う。

 2010-03-07
PB

KKネタ帳(Fc2 Blog)
KK Note(tumblr)
kk_196(twitter)

以上が、今アクティブな状態にある自分のソーシャルメディア。
mixiに関しては学生時代に知り合った友人との近況報告・告知ツールに成り下がったのでここでは除外。
これらを4月以降、どのような目的のもとに、どう付き合い、どう活かしていくのか
目下の悩み優先順位でBEST10くらいにランクインしております。

ちょっと考えた結論からいうと、HOWの方法論よりも、WHATの伝えるべき内容が全然固まってないんですよね。
各メディアの特性を踏まえて、発信方法を最適化していくなんて、まだまだ先のフェーズ。
ブログもtwitterも全てはツールでしかないんだから、それありきで考えるのはおかしい。
自分が社会に発信したい(すべき)メッセージは何か?そういう根本が曖昧なんですよねーきっと。
多分自分の答えは「リアルで出会えない多くの人に、自分が何を考え、何をしている人間かを知ってもらいたい」なのだろう。
もっと言うと、KKというある種ペルソナ的な存在(キャラ的に全然乖離ないけど)を育て、KKを通してリアルな自分に集まるアテンションを量的にも質的にもレベレッジ効かせながらコントロールできれば良い。
何か特定の社会的メッセージに絞って発信したいわけではない。
多分そうなんだと思う。


どちら様ですか?
どんなお仕事をなさっているんですか?
Who are you?
What do you do?


これらの問いに対する明確な答えを常に自分の中に持っておきたい。(常に一定である必要はないけど)
そして願うなら、それが企業からもらった仕事フィールド以外で分かりやすく表現されていれば素敵だと思う。
仕事を聞かれて、企業名で代替してしまうようになったらお終い。
そして最も手軽で、そして現時点で最も可能性を秘めたフィールドがソーシャルメディアなはずだから、今はそれとの付き合いを自ら選択しているだけ。

これまでの学生時代も、このネタ帳のおかげで、きっと凄く曖昧に凄くざっくりとでも、これらの問いに答えられていたんだと思う。
そしてそれが学生時代は『就職活動を頑張ってた人』っていう形で、それなりに大きく広がった。
ブログ経由で連絡をくれる人がいたり、同じような業界の人や、それを志望する人に対して何かを訴えフィードバックをもらえる環境を手に入れたり。
もちろんある程度当初から想定していた事ではあるんだけど、学生として想定しうるリスクの中で、想定以上に多くの方に認知して頂く結果になり、改めてソーシャルメディアの可能性に惚れているわけです。


ただ4月からはそう簡単な問題でもない。
企業から給料をもらって働く以上、各種メディアがその企業と自分の仕事にどのような形であっても不都合を与えるような事はあってはならないし、そのリスクを洗い出して全て最小化…というか潰していかないと続ける権利がない。
そんな状況下で、どんな自分の側面を、どんな形で発信して、KKを育てていくのか。

時間があるうちに考え抜かないと。



ちなみにそもそもなぜブログやらTwitterやらに時間を投資するのかというWHYに関しては以下の引用が、かなり自分の考えに近い。



・Generation Y世代(1975年~1989年に生まれた世代)の70%は二年以内に仕事をやめている。
・もはや企業が守ってくれる時代ではない。はしごを登るように昇進するなど、もうあり得ないのだ。そうした時代には、あなた自身のブランドは、キャリアと人生における重要な拠りどころとなるだろう。
・インターネットは様相を変化し、ビジネスにおける重要なコミュニケーション手段となっている。
・あなたが求職中であるならば、人事担当者はGoogleであなたの名前を検索しているはずだ。
・パーソナルブランディングは求職者のためだけではない。あなたが今の仕事に満足していたとしても、仕事の幅を広げ、人生を楽しむために有効である。
・パーソナルブランディングはキャリアにおける革命である。
・あなたは自分自身のCMO(Chief Marketing Officer)だ。「自分が何を言うか」よりも、「他人にどう言われるか」をマネジメントすると良い。
・Authenticity(正真正銘さ、正直さ、自分自身でいること)が求められる。
・Visibility(行動をオープンにすること)はチャンスを与えてくれる。
・あなたが何に特化し、何を追及しているかを他人が分かるようにする。そうすれば、他人はあなたの才能が必要になった時、真っ先にあなたにコンタクトを取るだろう。
・Me1.0の時代は、人々は企業のブランドに隠れ、外界から守られていた。
・Me2.0時代は、人々は自分自身でキャリアを管理する。自分の価値を表現し、それを売り物にして他人とコミュニケーションをとる。パーソナルブランディングは成功の機会と、人生の意味を見出す機会を与えてくれる。


企業のソーシャルメディアマーケティングの支援を行っていらっしゃるイケダハヤトさんの(洋書紹介)「Me2.0」の時代。個人のソーシャルメディア活用より引用。

LA Times in Wonderland

 2010-03-07
La alice

Fake front page brings paper Disney dollars, debate
LAタイムズ一面にJ・デップの新作映画の全面広告、議論噴出


新聞の一面がそのまま映画の広告になりましたーって話。

新聞社的にはどうなんでしょうか。
大きくいうとジャーナリズムの終焉だとか。
非常にミクロな視点でいうと、この広告のバックにフェイクとして使われた記事を書いていた記者なんて、ジャーナリズムの精神とかなんとかがまるで踏みにじられたかのように思うだとか。
純粋に情報をお金を出して買っている読者に対する冒涜であるっていう説もある。

…。
個人的は以上のような批判はなじまない。
こういった意見については、他のメディアや広告との付き合い方として圧倒的に古く感じる。
新聞を購入するっていう文化が日本以上のスピードで廃れて、バタバタと歴史ある有力紙が廃刊に追い込まれているアメリカ。
そもそものビジネスモデルとして転換期にある中で、新しい広告の手法を既存自社メディアからひねり出し、こうやって国際的なニュースになるほどの成果を挙げた事は評価されるべきだと思う。
しかも10万ドルの広告料、凄いじゃないですか。

ジャーナリズムの結晶であるとするニュース記事とかが広告に侵略されない聖域なんていう考えが有るとするなら、それはもはや20世紀の神話でしょうに。
色んな新聞社が配信するニュースやそのサイトは、adwordsやポップアップ広告によってすでに侵されている。
それこそ何のクリエイティビティも感じないように無機質に機械的に。

それを許容している今の新聞社に、このキャンペーンを抗う理由はない。


La Timesの論理でいうと、これはあくまでもフェイク1面であり、本当の1面はこの中にしっかりとあるとのこと。
デップの顔の後ろにある記事は先月のものだそうで。
アリスの世界観としては別に間違ってないし、クリエイティブとして成立してる。
新聞という圧倒的に古い、そして広告媒体としては瀕死と言われてるような媒体を用いて、ここまでできる。

それを示したLA Timesの意思決定者は経営者として評価こそされ、批判されるのはなんか違う気がするわけです。



消費財とラグジュアリーの違いを妄想してみた。

 2010-03-06
dior

消費財ブランドとラグジュアリーブランドの両方を同一社内に抱える企業は多い。
でも考えれば考えるほど、そのビジネスというか…構造自体がそもそも大きく異なっている気がしてならない。
どっちが良いかと問われても、基本的には好き嫌いの域を出ない答えしかできないのがもどかしい…。
だけど分からんなら分からんなりに自分で仮説を作り、残しておくことに意味はあると思うので頑張って考える訳ですが。


さて、いわゆる消費財ブランドとラグジュアリーブランドの違いはその源流にあると思う。

生活者のニーズからスタートするのが消費財。
デザイナーやブランドの歴史に基づく創造性からスタートするのがラグジュアリー。


安易にチャネル(販路)で括るのではなく、現場を知らない学生なりに、そういう定義をしてみたいと思う。
消費財のコンセプトの主語は生活者であるのに対し、ラグジュアリーの主語はいつだってデザイナーでありブランドだ。
もちろん消費財にだって創造性は不可欠だろうし、ラグジュアリーもニーズを考慮しつつ営まれているはず。
でもそこを経るフェースと比重が異なる気がする。


消費財が生み出されるまでのフローはなんとなくイメージできるものの、ラグジュアリーはブラックボックスなので、後者に絞って考えてみよう。

ことラグジュアリーのブランドビジネスにおいて、創造と経営は完全に分離すべきだし、それを担う人材も基本的には別である事が好ましいのではないかというのが結論。
創造と経営(デザイナーとマーケターとも言いかえられるか?商材によるけど)という概念が明確に区別される方が機能しやすいかなと。


例えばデザイナー自身に経営の裁量が集中すると、その職業的な特性を鑑みた場合、場合失敗する絵の方が描きやすい。
有名なラグジュアリーブランドのオートクチュールとかを手掛けるようなレベルのデザイナーって、ざっとコレクションとか見てるだけではぶっちゃけ理解不能に見えるほどぶっ飛んでる、いわば生粋のアーティストで…。
そこには経営とかいう現実的な視点を度外視して、もてるリソースを全てつっこむようなマインドセットがあって然るべきだし、そうでないとブランドに革新性など生まれるはずがない。

対して経営者は、限りあるリソースを合理的に配分することにより評価される。
ブランドをビジネスとする以上、最低限キャッシュという血液を流さなければ死んでしまうので、心臓的な役割でそこに経営という観点は不可欠。
心臓が死ねば、血液が止まり、脳(創造性)も死ぬ。
ブランドという器自体が世の中的に死んでしまう。


持てるリソースを全て使い果たし創造性を発揮するデザイナー。
リソースを適切に配分しブランドに永続性を与える経営者。


やっぱり完全に別の仕事ではないだろうか。
もちろん、高度に両者の要素を兼ね備えたデザイナーもきっといるんだろうけど、それは例外なはず。
自分が近づける可能性があるとすれば後者。
それはきっと間違いない。
まあ駆け出しは、何のために存在するのか分からん腋毛細胞くらいからスタートですが、いつか心臓細胞に昇進したいものです。


こういう流れで考え続けた結果、せっかくメーカーに入ったしブランドの上流部で仕事をしたいと思うのであれば、デザイナーやアーティスト気質ではない自分がより源流に近づけるのは、消去法ではあるけど消費財なのかなと。
消費財は脳と心臓の機能がそこまで明確に分けられていない気がするから。
思考タイプとしては、より動物的な外的刺激(ニーズ)からの反射行動がベースかなというイメージです。

なんか例えに深く入り込みすぎて、意味分からんくなってきましたが。
そんな事を考えた1日でした。
難しい、自分で読み返しても意味分からん文になっている感が否めませんが、一応残しておきます。

感動をつくれますか?

 2010-03-03
感動をつくれますか? (角川oneテーマ21)感動をつくれますか? (角川oneテーマ21)
(2006/08)
久石 譲

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ジブリ映画の作曲で知られる久石譲さんの著書。
『感性とは何なのか』というのをメインテーマに構成されていますが、それぞれの章の内容が前後でぶった切られて進行していくので、トータルで何かまとまった気付きを得るというよりは、フレーズ単位で響くものが多い印象です。
音楽家の方が、自身の作品や仕事の仕方について、客観的かつ論理的に語っている本というのは少ないと思うので、非常に貴重ですし、非常に示唆に富んだ内容になっています。
中でも刺さったのが以下。

「いいものをつくることと、できたものが人に評価されることは、表裏一体だが根本的に違う。ニーズに無関係であってはならないが、ニーズに迎合してもいけないと思う。」

もともとは前衛的な音楽を専門にしていた筆者が、現在では老若男女大衆に理解される音楽を継続的に生み出している。
そういう結果は、このようなアートとビジネスの微妙なバランスのもとに成り立っているのだと思う。
将来的に自分の個性だったり表現だったりを守りながら、プロとして継続的に一定の価値を発揮し続ける為に、自分もこのような考えを頭に刻んでおきたい。

そんな筆者が書いた本だけに、本書もニーズをある程度意識した作りになっている。
ニーズとはつまり新書としてのニーズ、具体的にはターゲットをビジネスマンとした為に、やや強引に仕事に置き換えて述べる箇所が非常に多い。
そういう箇所に関しては非常に一般論だけになってしまっている印象を受け、その点やや不満が残ります。
もっと存分に音楽について語ってくれれば、もっと面白い本になったはずなのになーと思います。
非常に論理的に音楽や映画について理解をされている方なので、余計にもったいなく感じます。
まさにニーズに迎合してしまってる感じがして、少し残念。
ターゲットが明確になっていて、自分がそれにドンピシャはまってる分、内容は非常に理解しやすいしサクサク読めるのも事実なので、難しいところですね。
良くいえば、非常にうまくマーケティングされた本ですね。


まあ、とりあえずジブリファンは買いです。
これは間違いない。

自己しゃべり分析

 2010-03-01
conver

『KKさんって話がうまいですよねーどうしてですか??』
という質問をサークルの後輩からガチなテンションで頂いたので、ガチなテンションで考えてみようと思う。
非常に魅力的な女性にも関わらず、その魅力を伝えるフェーズで非常に苦労しているようなので、そんな後輩の一助になればと。

そもそも彼女が自分のどこを見て話がうまいと感じているのか分からないので、会話において自分がその他の人と明らかに違うであろうポイントを挙げて説明し、そっから先の解釈は丸投げしようと思います。
あくまでも個人的なスタイルなので、誰にでも応用可能とは思いませんが、こんなやつもいるんだーくらいに見て下さい。
以降は自分が超話うまいと思いこんで書きます。


結論からいうと、自分が話の能力に長けているとして、他の人と違う特徴だろうと思うのは3点。

1:声がでかい。
2:使い勝手の良いネタを持っている。
3:会話の流れを妄想しながら話している。


以下、順に考える。

1:声及びジェスチャーがでかい。
基本。
ですが非常に大切なことだと思う。
音波が物理的に相手の鼓膜を刺激できなければ、決して相手の心にも刺激は起こり得ない。
加えて相手の網膜からも刺激を与えられるジェスチャーを大きく取れば、それだけで相手に伝わる情報量は激増しますよね。
でかい声ででかいジェスチャーで話すと自信ありげに見えるので、それだけで相手はこっちの話を5割増しくらいで解釈してくれるのだと思います。(やりすぎるとうさんくさいと思うので加減はあると思うけど。)
いわゆるメラビアンの法則(これがどんだけ信頼できる説かは置いておいて、経験則では一理あると思うので)とかいうやつを意識せずに地で有効に作用させている気がします。
意識してでかくしてるのではなく、自然にでかいのも自分のポイントですね。
だいたいの雑談では、内容なんてどうでも良いわけで、そういう時に印象を分けるのは、結論からとかそういう仰々しい話ではなく、その人の声や身振りだったりすると思います。
そこを自分でコントロールできると、だいぶ相手の印象は変わるはずです。


2:使い勝手の良いネタを持っている。
会話の中で適宜笑いを作り出せる能力もそれなりに持っていると自負しています。
中でも鉄板ネタは身長ネタです。
分かりやすいのでだいたいの局面で応用可能、かつ基本的に自虐なので誰も傷つけない。
普通ならオチない話でも、身長絡めればだいたいオチまでは辿り着くことができるほど、このネタに関しては経験値が溜まってきています。
頼り過ぎて身内からはワンパターンとの評価もありますがw
とはいえ、ある程度の打率で笑いに辿り着けるネタがあるのは、非常に便利で。
笑いをうまく使って、相手との距離を詰めてしまえば、相手の聞く姿勢が変わってくるはずです。
ここはまだまだ伸びる点だと思うので、4月から同棲する吉本の芸人から色々と盗もうと思います。
別に笑いでなくても良いとは思いますが、会話の中である程度相手の反応や感情をコントロールできる型を持っていると、主導権が握れてどんな局面でも精神的に余裕を持って話を進める事ができるはずです。


3:内容以上に、相手にどう受け取られるかを重視する。
そもそも会話の目的は常に、相手に自分が伝えたい事を伝え、相手に変化を引き起こすことだと思う。
だとすれば、自分は会話において、自分が伝えたい事よりも、むしろ望むべき相手の変化にフォーカスして会話を楽しんでいる傾向は強いかもしれない。
大抵の場合、その変化ってのは笑いなわけですがそれ以外でも、相手にこういう変化(反応)をして欲しい→だからこういう事を言うっていう順番が体に染みついています。
この場合、相手の反応をコントロールすべく、若干こちらで話のレベル感を調整します(嘘ではなく、あくまでも脚色レベルで。)
だからこそ、相手からするとどう変化(反応)すれば良いか分かりやすい話になっていると思うので、会話としては非常に楽に成立する。
漫才でいうと、ボケってのは対するツッコミをある程度想定したうえで発しているわけで、場をうまくコントロールできている会話なんですね。
ボケの内容を伝えたいわけではなく、ツッコミという行動を引き出したいわけです。
それと同じように、例えば相手から特定の変化を引き出したいのであれば、それに適した形に話を若干修正して場に提示できていると思います。
内容自体が会話の目的(プレゼンとか)になっている場面もありますが、この場合も相手にどう感じてもらうかを考えられている分だけ若干周りよりはうまく見えるのかもしれません。


つまり3において相手の変化(反応)をコントロールするために、1と2のツールをうまく使うのが自分の会話スタイルです。

ここまで自分で思いつくまま書いてきましたが、自分のようなタイプの話がうまい人は、うさんくささと紙一重だと思います。
実際、あまりにペラペラと大きいジェスチャーでネタを交えて話まくるわけですから、それはもう苦手な人にはかなりキツイんだと思います。
それでもこのスタイルは内閣府派遣だったり、就職活動だったり、かなり礼節を重視するべき局面においても応用可能である事を確認できていますし、自信をある程度持っています。
もちろん、まだまだ調整の余地は大きいし、それ以上に自分自身が自分の話にそこそこ自信を持ってしまっているせいで、会話のもう片方の作業である聞くという行動の能力が著しく弱いです。
相手の話をうまく聞く為にも、昨年末以降はボケではなく、ツッコミという受け身のポジションを会話において取る機会を意識的に増やしたりしています。
ツッコミは相手の話の本質をつかんでいないとできない高度な返答なので。
良い勉強になります。


若干話がずれましたが、要は、自分の会話の型をうまく固められている人が会話のうまい人なんでしょうねー
まずは自分の会話の癖だったり特徴を書き出してみて、そこを伸ばしていけば話はいくらでもうまく感じさせる事ができる気がします。

かなり偏ったアドバイス(?)になってしまいますが、とにかくおもいつくまま深夜のテンションで書き上げました。



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プロフィール

KK

Author:KK
自称「日本最高」のマーケター(身長的に)。
2010年より外資系メーカーに勤務しております。
将来の夢はリアム(写真)になって、そしてカリブに海の家!!

日々の生活、マーケティング、広告、音楽、海外ニュース、とにかくアンテナにひっかったもんに対してつっこんでいこうと思います。

※あくまで個人のネタ帳であり、所属企業・団体等とは関係ありません。



こちらにはアイディアの種を撒き散らしてます。

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