ONとOFFのグラデーションイメージ
2009-10-05
最近ずっと考えていたことがある。仕事とプライベート。
ONとOFF。
この辺りをどうバランスを取って、自分的な幸せや豊かさを追求していくのか。
先週、女性の友達が卒業式の着付けの話をしていて、そこにめっちゃ不便が多そうだったので、ついつい脳内で解決策を考えるスイッチを入れるべく。
「こういう会話の中にビジネスチャンスってあるんちゃうかなー」とボソッと発言。
それを受けた友達の一言。
「そんなにいっつもビジネスのことばっかり考えてつまんなくない?」
こっから色々と考えていたわけです。
圧倒的に散文になる気配しかありませんが、東京で少し考えが深まった気がするので、まずは思うままに綴ってみようと思います。
そもそも自分には到達すべき目標が2つ(個人的と社会的)がある。
そこは変わらない。
その事については意識・無意識を問わず、おそらく正直常にアンテナは張っている状態になっている。
だからと言って常に仕事モードかと言われるとそれは多分違う。
例えば今回の3校MTGの飲み会とかでも、おそらく1番年上でしたが、1番アホみたいに楽しんでいたように思うし。
自分の中ではONとOFFのスイッチは明確にコントロールできているつもり。
ブログと実際のキャラとの乖離も、そういう側面があったりなかったり。
だけど最近はOFFの時間の中でもONについて気付きが降ってきたり、逆にONの時に考える過程でOFFを充実させるような興味に出会ったりする。
だんだんとONとOFFの境界が曖昧になっているのは事実だと思う。
そういう意味では、前述の友人の発言は非常に的確だったように思う。
境界が曖昧であれば、それはメリハリの無さにつながる可能性があるから。
…。
果たして本当にそうだろうか?
楽しむ時は楽しむ、働くときは働く。
それがメリハリだとしたら、それって個人的にはそんなに幸せではない気がする。
この二元論であれば、両者は対極な存在として扱われていて、遊びはあくまで息抜き、労働はあくまで義務化した存在としか思えなくなるマインドセットになってしまわないのか?
結局はどちらもなあなあになってる気がする。

きっと自分はONとOFFの境界を無くしたいと思っている。
もっというとONとOFFをうまく折り合うイメージ。
どこまでが遊びで、どこまでが仕事か、明確な境界がない方が、実は豊かな人生になるのではと思う。
プライベートで仕事でペルソナを使い分けるのではなく、グラデーションになるイメージ。
楽しむ時は働く、働く時は楽しむ。
文字面だけでは意味不明やけど、このマインドセットは自分の中では意外としっくりくる。
そういう意味では、昨晩のHな飲み会は最高だった。
夕方にサリーと合流して、お互いの近況をアップデート。
そしてお互いの夢を語り、フィードバックする。
夜は皆で、10年後の夢、そして人生の目標を語り合う。
もちろんプライベートと仕事と両方の。
傍から見ると、話題は経済、広告、建築と飛びとびで真面目だけど、凄く楽しかった。
そういうイメージ。
それが心地よいのが自分。
ONとOFFを明確に分けようとすると、達成できる目標にはいつか絶対限界がくる。
せっかく社会的に投資されてここまで成長させてもらったんだから、それはプライベートの充実だけの個人的欲求に使うのではなく、広く社会に還元したいと思う。
別に選民思想ではなくて、事実として色んな局面で色んな人に選ばれて、今の恵まれた自分があるんだから。
自分の周辺だけで思考停止させたくない。
ONとOFFの境目をなくした結果、どちらか一方の色に塗り潰されていないように気を付けていれば、きっと自分定義でかっこいいおっさんになれる。
where real life and dreams collide
それが仕事であるべきだと思う。
DivideではなくCollideなのがポイント。
さすがOASISです。
深い歌詞だ。
そういう大人になろう。
ONとOFFも現実も夢もガッツリとぶつけあって、綺麗な模様になればいいと思う。

