貧困を救うITビジネスモデルを大阪で!
2008-10-19
前の記事を書いててITについて思うところと、そっからの思考展開があり再エントリー。なんでITにこだわるのか?
だって今の時代を見ると絶対チャンスなんです。
IT革命っすよ。
百年後の教科書では、この時代を思い返して、そこに今の自分たちが産業革命、世界大戦に見るような「大きな変化」をみるはずなんです。
そのような百年、二百年に一度の大革命の時代にあって、ITを学ぼうともせず諦める。
これはもったいない!
また、こういう変化の時代は凡人が成功者になれる数少ない時代のうちのひとつ。
そのチャンスにトライするのは学生時代がベストなはず!(リスク的に)
でまずは、さっきの続きでyoutubeがなんで合法的に運営されてるんかなーみたいな事を考えてみた。
結局はその黎明期は法をいなして運営を続け(削除依頼にのみ対応、根本的対策に乗り出さない)、その影響力がつよくなると企業を取り込んでプロモーションツールとして完成させてしまった。
実はけっこう強引なやりかたなんだろうなーと思う。
こういうビジネスモデルはコンテンツとユーザーの量が圧倒的にならないと成立しない。
様々な要素の量。(もっと良い言い方ないかなー)
そしてそれを確保するコスト。
この2つの概念のバランスをぶっ壊したのがITかなと定義してみます。
マーケティング用語でいうロングテール現象を生み出したAMAZONなんかがまさに。
最近、総合商社を良くまわるから思うんやけど、ビジネスは大きな規模ですればするほど効率が上がるのは事実だと実感する。圧倒的な資金力とその事業規模からあらゆるビジネスモデルで収益をあげる事ができます。
そう、従来までは量を確保して規模を売りにするビジネスモデルには、それに対応する圧倒的なリソースが必要だった。
そんな状況がITで変わる。
極端な話。例えば子供の時によく妄想した
「日本中の人から10円づつもらったら、10億になって一生遊んで暮らせる」
みたいなモデルすら可能になる。
今思えば、10円を得るのにかかるコストが10円以上だから無駄っていうことを知らないからこその妄想なんだけど。
けどITつかえば不可能じゃない。
1クリック募金なんかはこういう発想なのかなーと思う。
ようはボランティアとか慈善活動的なものもITによって効率化できるのではという企み。
『ITで何かチャレンジしたいって想い』
+
『貧困層に対するビジネスの興味』
ってだけですが。そこにそんなに熱い思いは正直ないけど。
正直、何度か書いたけどボランティアって考えてやらないと効率悪いと思うんです。
俺が高校生の時参加したフィリピンボランティアもそう。
日本人20人が20日働いて1件の家を作る。
渡航費だけで200万かかってる。
この200万あれば現地の労働者を雇って、もっと多くの家がたつ。
本当にフィリピンの事だけを考えるなら、この20人が20日間同じように日本で建設現場バイトすればこれも何百万になる。同じ労働に対する金銭的リターンが日本の方が何倍も高い。
そうすればその金を使って現地の労働者…(以下省略)
そこに援助側の自己満足を感じた。
結局は自分の都合なのかと。
所詮は恵まれた人達が自己成長とか経験とかそういう尺度で行ってるんじゃないかと。
(もちろん、そういう活動に教育的側面があるから一概に効果を金だけで測れないけど)
俺は『貢献=目的』っていう概念よりは『貢献=結果』としたい。
ようは貢献するぞって丸腰ノープランで乗り込むんじゃなく、別のモデルとビジョンを持って自分も得をして結果的に貢献してた、の方が自然。
だからビジネス的で持続可能な貢献こそが必要だと信じてる。
これを試すのは、社会に出てある程度実力を積んでからって思ってた。
海外の貧困層に対してビジネスでアプローチするのはリスクが高いから。
けど良い事思いついた。
日本にも貧困地区あるじゃん。
それがあいりん地区(釜が埼)。
細かい説明はウィキペディア先生に任せるとして、ようは京都から近いのがポイント。
プラス、先進国では異例の国境なき医師団が活動してたり、マザーテレサが「日本人はインドに来るよりも釜が埼を見に来て下さい。」とまさに筋金入りの貧困地区。
そんな貧困地区も近年、その立地と物価から安い宿泊施設がバックパッカーに利用されたりと変化の兆しがある(らしい)
この状況で何か面白いビジネスプランは練れないだろうか?
ワンカップ大関とかこういうターゲットをマーケティングで攻略し成功してる気がする。
方向性は違ってもITを使って低コストで何かできる余地は絶対ある。
たぶんそれなりのプランができれば、事業開始資金を援助してくれる系のビジコンなら勝てる。
そのビジネスには意義があるし、その分選びやすいはず。
そしてノーリスクで自分は実際に検証できる。
ビジネスが貧困を救えるのかどうか。
持てるものと持たざるものは共存できないのか。
ぶっちゃけ釜が埼を救えないやつが、アフリカ行っても労働力の一部として吸収されて終わり。
そうじゃなくもっと持続的な活動ができる器なのかどうかを試す良い機会かと。
まずは現場から。
それがモットーなので、とりあえず行ってみます。
幸いドミニカ派遣の仲間が、釜が埼でボランティアしてるので話聞いて同行してみよう。
そこで現場をよく知る人を見つけてインタビューして、ほんで実地に何回か赴けば何か見えないだろうか?
というかDESAで留学生連れてってもいいかもね。
観光気分で行くけど、きっと感じる事が多いだろうから留学生とDESA人の間で自然なディスカッションが始まる可能性が高い。
全然関係ないけど、JICAもとりあえず釜が埼に協力隊派遣して援助してみたらどうだろう?
JICAの国内へのPR材料として面白い。
活動内容が見えないのがJICAの活動の問題点だしね。
実現してうまいことPRすれば、有望です。
内定者の知り合いにプレゼンしようかなw
まあ思いつき100%の書きなぐりで、根拠なしの妄想話で話がとびとびですが。
結論。
貧困+IT=かなりおもろーだと思います。
要検討。考えるネタがまた増えた。

