For Someone Else
2009-06-25
(日本限定のボーナストラックでこのクオリティ。さすがOASIS。VIDEOはオフィシャルじゃないけど最高です、必見。)
近々一緒にプロジェクトやれそうな、高校の同級生である憲が記事を書いていた。
素適な仲間を紹介
それなりに動いてきたからだろうか。
最近、本当に素敵な出会いが多い。
携帯のメモに「自分がどこまでかっこよくなれるかは、付き合う人間のかっこよさで決まる。」っていう言葉が残ってた。
何の言葉かは覚えてないけど。
その理論でいくと、自分は相当かっこいいはず。
だってつきあってる人達は、男女問わず皆凄くかっこいいから。
けど実際はそうじゃないと思う。
自分のキャパ以上に、自分の周りにはかっこいい人が多い。
ぶっちゃけついていけてないです。
それを決定的に感じたのは、冒頭の憲のブログで書かれているカフェでの出来事。
集まってたメンバーはそれぞれ、自分で主体的に動いて団体を作ったり代表とかしてるメンバーばかり。
代表とかなら自分もしてる。
違いは何か?
それは活動の主語の違いだと思う。
彼らは皆、それぞれの利益ではなく、他の誰かの為の活動をしている。
そしてそれに誇りを持ってるからかっこいいんやと思う。
For myselfとFor someone elseの動きっていうのは本質的に違う。
それを凄く感じた。
【自分がかっこいい人と思う人(順不同)】
憲:ラオスに学校建てるSIVIO作ったり、今は農業系のNPOに取り組んだり。
Takathy:TRYF立ち上げて就職活動生支援したり、多分しらないだけでもっと色々してるっぽい。
2じたくさん:学生祭典代表だったり、京大のコンサルしたり。
tawa様:CVSにフルコミットしてる。
ブログを持ってて、比較的近い人限定で。(実際もっといるけど)
ラオスだったり、就職活動生だったり、京大生だったり、大学生だったり、彼らの活動はそれぞれ他の誰かの為のものである事が多いと思います。
他の誰かの為に。
これに対して自分は。
高校時代の生徒会にしても、DESAにしても、OASIS NIGHTにしても、内閣府にしても、進行中の色んなプロジェクトにしても、それぞれ責任ある立場にありましたが、主語は常に自分だった気がします。
(そもそもある組織にのっかっただけで、そこに主体性があったのか?)
これらの活動のすべてが「自分と、自分の周りの人」の為に取り組んでいた気がします。
自分たちありきの思考が常にベースにある気がします。
もちろん局面局面で誰かの為に活動した事はあっても、コアには自分の都合が常にある。
自己満足ってやつか。
自分が楽しいからやる。
これはこれで大切なんやけど、それだけではないし、そこが彼らと自分の決定的な違い。

自分は常々、マザーテレサとかガンジーとかと話してみたいなあと考えていて。
自分の人生を丸ごと、他の誰か(大多数が他人)の為に捧げるってどういう事なのか聞きたい。
利他的なそういう活動って、偽善という意味ではなくて、Maslowの欲求階層的にいうとEsteem needs(承認欲求)以上の階層ものに基づくんやと考えている。
つまり自分と自分の周りの幸せが、最低限守られている前提での活動。
だからビルゲイツとかが多額のファンドを作って寄付する気持ちは理解できる。
ただガンジーとかの場合。
根源的な生命維持のための欲求さえ満たされない状況下で、他人の利益を重視できる。
自分には分からない境地。
理論を超越してる。
程度は違っても、最近は社会起業家という形で、自己の利益と同等以上に、社会への利益還元を重視する人が増えてきている。
自分もそうなりたいとは思うけど、それは自己実現のためであって、完全に社会や他人のためと言いきれるのだろうか?
他の人の為の活動を、人は、本当に他人の為にしてるのかな?
そうしてる自分が好きだからとか、自己実現の為ってのは、自分だけなんだろうか?
Give and Takeで成り立つものではなく、一歩的なGIVE、無償の愛というのは果たして本当に存在するのだろうか。
例えば誰か人を好きになって「この人の為に何かしてあげたい」という気持ちは無償ではなく、裏主語として、「そして自分をもっと好きになってほしい」みたいなんがあるのではないのかな。
こういう話をすると、安易に「見返りとかちゃうねん!」とか言う人がいて面倒くさいので話はそんなにした事ありませんが。個人的にそういう人が一番信用できないんやけどね。
だってそんな簡単な事じゃないと思う。
だいたいどの宗教においても、あらゆる教えの根っこには「Bless」だったり「赦し」だったり「加護」だったり、何らかの形で自分にリターンが返ってくる前提があると自分は思ってる。
まあ無宗教ですが、宗教という地球上の多くが依存する概念がそうだとするなら、人間っていうのはそもそもそういう存在なんではないんだろうか。
ちょっと危ない話になってきたのでやめときますw
とにかく100対0のGIVEな関係。
分からんなー。
ガンジーさん、教えてください。
まあこのままだと、「〜をしてるKKさん」ではなく、「〜にお勤めのKKさん」という会社に取り込まれた人生になってしまうのかもしれません。
せっかく21世紀の、しかも相当裕福な日本という国に生まれ、人以上に色んなチャンスをもらってるのに、これは相当寒い。
最近頂いた素敵な言葉。
これからの10年、20年先の未来の働き方はどんな組織で働くかというよりも、どんな人たちと繋がり、社会と関わっていくかということが、必要になってくると考えています。
まさにその通り。
自分のキャリアの視点として、社会との関わり方、還元の仕方、そういうものを本気で考えてみたい。

